ジャミロクワイ

ジャミロクワイ

Jamiroquai(ジャミロクワイ)を久しぶりにカップブードルのCMで見たとき、1970年代生まれの私は「うわっ懐かしいーーーっ!!」と思わずじーーーっと目を離すことが出来ないほど・・

Virtual Insanity(ヴァーチァル・インサニティ)のプロモーションビデオは、動く床と自由に踊り動くなんてことのない背景でありながら、すごいインパクトでした。ちなみにこのプロモーションビデオは、1997年MTV Video Music Awards で4部門を受賞しています。CGなんて当たり前の21世紀ですが、Virtual Insanityのプロモーションビデオは、ボーカルのジェイケイ(Jamiroquaiはグループ名)が白い縦長四角形の部屋の中で、自由に踊り歌って進んでいき、だんだん歌が進むにつれて椅子やソファーが勝手に動いたり、なんとなく風が吹いてきたり、カラスが飛んできたり、ゴキブリがぞろぞろ這ってきたりソファーが血を流したり…と、いろいろな演出が歌と一緒に進んでいきます。もちろん床が動いていて、すごいシンプルな背景な中に、ジャイケイの音楽とダンスが不思議とリンクしていて独自の世界観を演出しています。

Jamiroquai

JamiroquaiはJay Kay(ジャイケイ)ひとりのソロユニットではありません。メンバーの入れ替わりが激しいので、ソロユニットだと勘違いをしてしまいますが違います。でも、ずっとボーカルはジェイケイがしているので、ジェイ・ケイのインパクトが強くて仕方ないです。

ちなみにJamiroquaiの名前は、ジャズの即興を意味するJam Sessionと、北米のインディアン・イロコイ族Iroquaiという、ふたつの名前から取られた造語でJamiroquaiです。

ジェイ・ケイは18歳の時に、イギリスのクラブシーンに突如として登場していますがガリガリ姿にスケボーを持っていて、ジャイ・ケイといえば「バッファローハット」ですが、へんなバッファローハットを被っていたといいます。Jamiroquaiのマークは角が生えていて、『バッファローマン』(Buffalo man)と呼ばれていますが、日本ではメディシンマンと呼ばれています。そして、ジャミロクワイのマークは、バッファローの帽子をかぶって、小首を傾けた感じのマークになっていて、ほとんどのCD時ジャケットにこのマークを見ることが出来ます。

そして、1992年に当時はまだメジャーではなかった、アシッド・ジャスレコーズからリリースされたファーストシングルの「いつになったら気づくんだい(When You Gonna Learn)」は、ロンドンのクラブシーンに強烈なインパクトをもたらすことになりました。この成功で、まだまだ若いジャミロクワイは、新人でありながら異例の破格契約となるアルバム8作をソニー・ミュージックと結ぶことになりました。

アルバム8作を結んだジャミロクワイは、2006年に「ハイ・タイムス: シングルズ 1992-2006」をバンド初となるベストアルバムを発売して、オリジナルアルバム6作、ライブDVD1作、そしてベスト盤1作の合計8作でソニーBMGとの契約が満了しました。

それからしばらくジャミロクワイの姿を見ていませんでしたが、基本的に「メディアに出過ぎないこと」を心がけているようで、音楽に集中できる環境と良い音楽を作ることを心がけて趣味の車三昧だったのかどうかは分かりませんが、ヘリコプター操縦免許も手に入れて、2009年にユニバーサルミュージック傘下のマーキュリー・レーベルと契約を結びました。そして遂にベスト版を出してから4年後の2010年に「ロック・ダスト・ライト・スター 」を発売しました。ジェイ・ケイは、「もし、今このアルバムをださなきゃ忘れれてしまう。あぁーあんなやつもいたっけね~」とならないように、バシッと新曲アルバムを出してきました。初めてレーベルを出したのが22歳、新たなスタートを踏み出したかった。と40歳で再スタートを切りました。

ジャミロクワイのスタジオアルバム

1993年
… ジャミロクワイ : Emergency on Planet Earth
1994年
… スペース・カウボーイの逆襲 : The Return of the Space Cowboy
1996年
… トラベリング・ウィズアウト・ムービング~ジャミロクワイと旅に出よう~ : Travelling Without Moving
1999年
… シンクロナイズド : Synkronized
2001年
… ファンク・オデッセイ :  A Funk Odyssey
2005年
… ダイナマイト  : Dynamite
2006年
… ハイ・タイムス: シングルズ 1992-2006 :  High Times: Singles 1992-2006(ベスト盤)
2010年
… ロック・ダスト・ライト・スター  : Rock Dust Light Star

ジェイ・ケイ

1969年12月30日イギリスマンチェスター近くのストレットフォード生まれの、ジェイソン・ケイ。一般的にはジェイ・ケイで親しまれているジャミロクワイのボーカリストです。母親はジャズシンガーのカレン・ケイで、キャバレーのシンガーでした。

双子として誕生して、元気がよい方の赤ちゃんに「ジェイソン」と名付けられました。双子のもうひとりの赤ちゃんには、脳に障害があって生後6週間で亡くなってしまいました。双子のひとりということで、歌詞にも登場しますがジェイ・ケイの人格形成の要因のひとつでもあります。

ジェイ・ケイの父親とは面識がないようで(ポルトガル人とも)、母親は別の男性と結婚して継父と母親に育てられました。ジェイ・ケイは誕生してから2年間をマンチェスターで過ごしていますが、それから13歳になるまでカレンの遠征に付き添ってイギリスを拠点としながらも、イギリス国内外を巡業する生活でした。ジェイ・ケイのフリーダムなところは、この幼児期の生活で育まれていったのでは?!と推測されます。

母のカレン・ケイが歌うステージを小さい時からずっと見てきたジェイ・ケイは、母親のジャズからもかなり影響を受けたようです。カレン・ケイもかなりキレイで、笑顔は親子を感じます。デビュー当初によく被っていた毛糸の帽子は、母のお手製の毛糸の帽子です。

ジェイ・ケイが13歳になる頃、遂にロンドン郊外に落ち着く時がやって来ました。レスターシャーにある全寮制の学校に入れられたジェイ・ケイですが、フリーダム気質がもう出来上がってしまっていてルールーにしばられる全寮制の生活は、とにかく窮屈このうえなくかなり苦痛だった日々だったようです。

いかに苦痛だったかを、インタビューで「辛かったよ。先生にはいつも目をつけられて、叱られてばかりだった。オレは昔っから自由精神の持ち主だったんだ。いつも、信じていたのは、人間としてオレが属しているのはこの地球。そしてオレは他の人の上にもいなければ、オレの下にも誰もいないって信じていたんだ。」

と、やっぱりどこまでもフリーダムなジャイ・ケイは、結局全寮制の学校を16歳で中退してしまいます。母親はジェイ・ケイに弁護士になってもらいたかったようですが、ジェイ・ケイがスーツを着てトレードマークの帽子をかぶって弁護士?!とイメージすると、中退してくれてありがとーー!!!と感じます。弁護士になってしまっていたら、ジャミロクワイの楽曲を聴くことが出来なかったはず。

サウンド

ジャミロクワイは「ファンクの申し子」と語っています。曲作りをする時には、「キーボードとヴォーカル、もしくはギターとヴォーカルだけでやってみる。いい音にならなきゃやり直し」スタイルです。ジェイ・ケイ自身は楽器を一切扱いませんが、自分の頭の中に出てきたメロディなどを伝えて組み立て行きます。この部分をクリアーしなくては、ジェイ・ケイのいう「特別な曲」は出来ないといいます。でもいったん基本となる土台の部分がしっかり固まったら、そこからさらに進んで曲作りをしていきます。

ジャミロクワイのVirtual Insanityを平井堅さんが、カバーアルバムで歌っていますが、そのコメントでは「最も歌唱に苦労した曲」「ファンキーさではジャミロクワイの、ジェイ・ケイにかなわない」とコメントしています。リズム感といい、独自の世界観を作り上げているジャイ・ケイの歌は難しいことは間違いないのですが、デビューした時に破格の契約を結んだのも納得です。

新しいアルバムを発売するにとのインタビューで、ジェイ・ケイは「ごちゃごちゃした曲」は作りたくないと言っています。そして"すごくシンプルなリリックだね"といわれるのが特に嬉しようで、歴史に残る名曲を上げていきハートにグッとくるのは、どれもシンプルなものばかりだといいます。その中でもとくに、「何を歌うか」ではなく「どう歌うのか」と考えていて、新しい作品では歌い方も変えていて、前よりもゆったりめでレイドバックに歌っています。音楽とともに、ジェイ・ケイも進化し続けています。ちなみに、エコロジーなど環境破壊、貧困問題などについての歌詞なども多く見られますが、現在興味がある分野は、未来学・宇宙・宗教・環境です。もちろん、ランボルギーニやフェラーリといったスーパーカーが大好きなのは昔から変わらず、今では車に加えてヘリコプターも大好きなものに加わりました。

車が大好き

ジェイ・ケイは車が大好きってことは、周知だと思いますが、その中でも特にフェラーリ好き。フェラーリ好きが高じて、フェラーリとジャミロクワのコラボエンブレムをCDジャケットに使用するほど。BBC(イギリス放送局)の自動車番組「Top Gear」なかにある「有名人レース」にも2回出場しています。なんでも2度目の出演は、「サイモン・コーウェルが出した記録を抜きたい」と要求した上での出場となりました。

出場した結果は、番組の規定どおりに9周走って最速タイムを計測した結果、新車で最速ラップとなる1分45秒83の最速ラップを8周目でたたき出しました。

フリーダムなジェイ・ケイのスピードで警察に捕まったのは、1回や2回ではありません。時には105マイル(約170キロ)のスピードを出して捕まり、6ヶ月の免停。この時には制限速度をオーバーしていたのは35マイル(56キロ)ですl。おまけに4駆車で捕まっています。4駆車であっても、ブンブン飛ばしてしまう飛ばしっぷりが半端ないですね。

1998年にはフェラーリで、111マイル(約179キロ)のスピードを出して、この時も免停。なんでも2002年のBBCインタビューの時には、スピード違反で過去3回免停を受けているそうです。現在何台の愛車を保有しているかは不明ですが、25台所持していたこともあるので、車が大好きでスピードが大好きなのでしょうね。

ロンドン発!Jamiroquaiジャミロクワイ

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